ちいさなこだわり~食・旅・短歌~

渡邉円

1982年串間市生まれ。
ある日短歌と出会い帰郷。
美味しい食べ物に囲まれて、宮崎ライフを満喫中。
「都井岬短歌大会」「歌垣」など宮崎県内で短歌イベントを開催。

神戸~KOBE~

【あかねさす「おひさま号」に乗り込めば見送りくるる友ある小春日】渡邊 円

(あぁ、写真が…。)

20代をながく過ごした神戸に、帰郷したときと同じ夜行バスに乗って行ってきた。

会いたい人に、宮崎で元気でやっています。短歌を頑張っています。と伝えるために。

南国と言われる宮崎でも、まだまだ冬の寒さはきびしい。それでも、生きているとぽっかり春を感じられる日に恵まれることがある。

小さな、春の日。

20時まえに出発するバスに乗るため、いちにちお世話になったSさんとRさんと息子のNくんと共に、宮交シティのバスセンターへ向かった。コートも要らないほどの暖かさに触れて、きっと、今日のことは一生忘れないのだろうと思った。でも、毎日はやってきて、忘れないと思った出来事さえ、忘れてしまうこともわたしは知っているし、だからこそ日常の在り難さに時間の優しさに胸をつかまれるのだと思いすこしくるしくなってしまった。もしかしたら、今日が最後の笑顔なのかもしれない。そう思うと、旅に出る瞬間なのに、宮崎が恋しくなってしまった。

稀有ちゃんは、Kさんが大事にしているキューピー人形で、わたしは彼をみるたびに、向田邦子のエッセイにある電車の旅で出会った夫婦と、その奥さんが始終離さず持ち歩いていた人形のことを思い出す。

いまからもう、4年にもなる。西神南駅から歩いて5分の高層マンションにあるKさん宅ですごした数日間は、人生で何度目かの、わたしのバケーションだった。

朝5時に、旦那さんは散歩に出る。おおきな太陽が、まるでお母ちゃんのようなんだと笑いながら哲学を一生懸命語っていらした。帰宅すると、奥さんは、人参と林檎のジュースを作ってくれた。お譲さんの服や靴のサイズは不思議とわたしにぴったりで、涙がでた。

わたしは短歌と出会う前、ずいぶんと古事記にかぶれていた。神戸女子大の一般向けカルチャーで、偶然となりに座っていたのが奥さんだった。素人なりに、熱心に勉強した古事記の、定住の地を持たない芸能者の姿に、いつしかわたしは自分の姿を重ねるようになった。

【負けぶりを演じよ晴れた月の夜に何をかなしむことがあろうか】

これは、日向の海幸山幸神話の海幸彦の無念に共感してできた歌のひとつ。宮崎には、全国で唯一海幸彦を祀った潮嶽神社がある。穏やかな海はきっと古事記が編さんされたずっとずっと昔から、そこに暮すわたしたちを見守ってくれているのだろう。

根っからの旅好きなわたしは、いつも「ここではない、どこかへ行きたい」と願っている。願いが叶って、新しい生活をはじめた瞬間から、次の行くべき場所を思い焦がれている。

周囲の環境が悪いわけではない。愛情を感じられないわけではない。わたしの根がないのだ。

お土産は、何にしようと考えて「南いちご農園」のいちごを前日に宅急便で送ってもらうことにした。一粒ずつ、丁寧に箱に詰められた苺が、山をこえて野をこえて、わたしの大事な人のもとにやってきた。

果物は、すてきだ。特に、苺は。よい香りがするし、明るくて、みずみずしい。簡単な言葉で表現できるものほど輝いているし、普遍的であるのだろう。

Kさん宅をあとにして、地下鉄で三ノ宮に戻る。

大好きな友人と、ひさびさの再会。絵本作家のなっちゃんと、南京町へ行く。さんちかへ行く。パン屋をウィンドウショッピングする。

 

わたしより、多分5才くらいお姉さんのなっちゃんは、ちゃんとひとり暮らしをしていた。

寝る前は、アロマオイルの香りのお風呂にどっぷり浸からせてくれて、ふわふわのお布団とパジャマまで準備してくれていた。

朝おきると、素敵な朝食も準備されていた。テレビでは、ワイドショウが深刻にわーわー言っていて、「あの人がそんなことをするなんて信じられない」って言って。ここは、いったい何年何月でどこでわたしは何者であっても、まったく構わないのではないかな。という思考の続きとして「ねぇ、ほんとに!」と言ったら、なっちゃんは困ってしまった。

食後に不思議なスパイスの味のコーヒーと、砂糖衣がつめたくてなめらかで存在感のあるお菓子をたべた。

とても記憶にせまるお菓子だった。粉砂糖に卵白を入れて湯せんでここまで胸にせまる砂糖衣になるのかしら。水あめ?洋酒はいっさい入っていない。

生地は、上質のアーモンドプードルとバターと塩、砂糖。 黄金色のお菓子。

パルシネマでみたのは、『大統領の料理人』と『タイピスト!』この2本は、宮崎キネマ館でも上映されていた。ミニシアター系の映画をタイムリーに楽しめるのも、宮崎に帰ってきて驚いたことのひとつだ。先日は、『ハンナ・アーレント』も見ることができた。

県立美術館での、ポンピドゥー現代アート展。

わたしが好きな、満開の桜の木に星のいっぱい散りばめられている絵画には会えなかった。

かつては常設だったのだ。神戸の震災の復興を願っての新進気鋭の作家の作品だったように思う。

センター街の地下で、長田の「ぼっかけ」(スジとこんにゃくを甘辛く煮たもの) 入りのモダン焼きとビールもやっぱり飲んじゃって、フロインドリーブのドイツパンをお土産に買って、やっぱり「おひさま号」に乗って宮崎に帰った。

神戸でのんびり過ごしてる間に、寒気はやってきていて。

宮交シティから、自転車で橘通りのアパートまでの30分が寒くてそれでも日差しがまぶしくて不思議と涙がでる。すれちがう自転車通学の高校生は、かつての自分であったのに。ずいぶん遠くに来てしまったようだ。

3日留守にした冷蔵庫には、牛乳と卵がある。

あつい生姜入りミルクティー(砂糖もいっぱい!)と、

旅先で覚えた、卵黄の醤油漬けをさっそく作ってみる。

故郷のあまくてこゆいお醤油は、実はあまり好きではなくて台所のシンク下で、少ない出番を待っていた。

ところが発見、この卵黄の醤油漬けには、間違いなく九州のあまい醤油が合うのだ。

聞けば、横浜に住む兄夫婦は、帰省のたびに重たい醤油を2本も3本も手荷物で持って帰るのだという。

遅ればせながら、わたしもその魅力にはまっている。

もう旅なんてしなくてもいい、なんて言われても。きっとまた、旅にあこがれてしまうのだろう。体力は少し自信なくなってきたけど。

 

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更新日時:2014.02.21(金) 00:00:44

歌垣~UTAGAKI~

https://www.facebook.com/events/532812996826191/?ref_dashboard_filter=upcoming

「春の棚田で歌垣を」と、思いついた。

短歌には歌枕といって、地名を歌のキーワードとする伝統がある。

 

例えば、持統天皇の【春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山】(新古今集175-夏歌)

 

もう、何年前になるだろうか。持統天皇のこの歌にあこがれて大和三山をひとり歩いた。香具山はとても低い山で、あっという間に山頂らしき原っぱに到着。1300年前に歌に詠まれた場所に、今、わたしが立っているんだなぁーと胸がしぃんと静かになったことを覚えている。

宮崎に帰郷し、若山牧水の【日向の国都井の岬の青潮に入りゆく端に独り海見る】

そして、伊藤一彦先生の【母の名は茜、子の名は雲なりき 丘をしづかに下る野生馬】

この2首と出会い「都井岬短歌大会」の開催を思いついた。

 

宮崎に住む歌人仲間の協力を得て迎えた都井岬短歌大会当日に、もうひとつ嬉しい出会いがあった。短歌の仲間であり詩人である藤﨑正二さんの『うまのみさき』という作品。

 

“とーく とーく

はなれたところにうまがいます

ゆうやけのそらのもと

くろくかげったうまたちが

しあわせそうにくさをたべています”

 

歌には、あこがれを喚起させるパワーがあるように思う。

あの歌に詠まれた、あの場所へ、いつか行ってみたいなぁ。という、ほのぼのとした気持ちは人を旅へと誘う。

日南市飫肥に暮す山脇恵乙子さんの歌集『壁土の声』にも、連作「棚田」をはじめ県南の風土を歌った作品が多く収められている。

【完熟の金柑色の夕つ日をこくこくこくと山は食みゆく】

金柑は宮崎の特産品。他県のものと比べると、圧倒的に大きくて、圧倒的に丸くて(という表現はおかしいでしょうか。でも、丸いと思う…)、圧倒的な光を放ちます。こくこくこくと飲むように、しかし金柑だから食むのでしょうか。作者は暮れゆく夕日、はたまたそれを食む山のように大きな自然と一体になる。

そんな金柑をたっぷり使ったお菓子を楽しめるのも、うれしい2月。

店名を失念してしまったが…、図書館の近くのお城みたいなティールーム。

さて、歌垣。

春の阪元棚田には、いちめんにレンゲが咲き盛るそう。

そこで実験。古代の人々が楽しんだ「歌垣」って、わたしたちも楽しめるのでしょうか。

空が青くて、水がたっぷり流れていて、ふかふかの田んぼ!なのだそう。

お弁当持ってピクニック。想像するだけで、こころに春がおとずれます。

4月19日(土)阪元棚田で「歌垣~UTAGAKI~」を開催します。

どうぞ皆さまお気軽に、お弁当持っていらしてください。12時ごろに、集合です。

【ふたりには見上げる空が青すぎて 春の棚田においてゆきたり】 渡邊 円

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更新日時:2014.02.14(金) 23:27:31

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