ちいさなこだわり~食・旅・短歌~

渡邉円

1982年串間市生まれ。
ある日短歌と出会い帰郷。
美味しい食べ物に囲まれて、宮崎ライフを満喫中。
「都井岬短歌大会」「歌垣」など宮崎県内で短歌イベントを開催。

おばあちゃんの味

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おばあちゃんの味ちいさなこだわり~食・旅・短歌~

 

4月の土曜日。雨が今にも落ちてきそうな空模様の下、わたしたちは北郷のホテルジェイズ日南リゾートの小さなチャペルで同じ時間をすごした。

 

地元北郷で音楽活動をするSunnySunnyという夫婦と、わたしたち親族だ。

SunnySunnyのことは、友人のFaceBookでときどき見かけていたので、名前だけは知っていたけれど、歌声に誘われて、ひとりチャペルの椅子に腰かけたときには、これから発生するちいさな偶然に出会うことなど知らないわたしであった。

 

おばあちゃんの3回忌法要に参加するため、故郷の串間市に集った。わたしの目線で紹介すると、わたし、兄、父、母、伯母①、伯母②、叔母③の7名だ。普段、串間に暮しているのは父母2人。あとは、宮崎市、横浜、大阪などにそれぞれに住まいを持っている。暮らした時代は違えど同じ家を実家とする我々は、おばあちゃんを中心に想い出を共有している。

 

大正3年うまれのおばあちゃんは、戦中に青春を過ごした。

おばあちゃんが女学生だった時代の武勇伝を、くりかえし、くりかえし聞かされて育ったけれど、お洒落で気位が高くてイタズラ好きのおばあちゃんは、結構素敵だったんじゃないかと今になって思う。

そんなおばあちゃんが結婚した相手は、南方方面軍の通信班長で海軍大尉という早口言葉か何かのような肩書きの長身のイケメン。写真でしか見たことはないし、孫のわたしが言うのもアレだが、あったかい笑顔のかっこいい青年だ。

許嫁というのだろうか「結婚は決まっちょったから」と、おばあちゃんは言っていたけれど、2人にはどんな日々の会話があったのだろうか。

おじいちゃんは64才で亡くなった。TVドラマ『赤い疑惑』をみて、牛乳を飲んで、お風呂で息を引き取ったらしい。(見ていたTVは“プロレス”だったとの証言もあるが、今回は『赤い疑惑』説を採用する)それから約40年、おばあちゃんは生きた。

わたしはおばあちゃんの8人いる孫の最後のひとりである。両親が共働きだったこともあり、おばあちゃんっ子だったわたしは、中学生になっても、高校生になっても、2階のおばあちゃんの部屋で一緒に2時間ドラマを見たりしていた。特に、いろいろお喋りをした記憶は無い。あったかいコタツにあたりながら本を読むわたしは、おばあちゃんの使う針に糸を通してあげる。と、お互いに“使える”存在だったのだろう。

おばあちゃんは料理と手芸が得意で、いつも、何か作っていた。料理は大量に手早く美味しく、手芸は丁寧に手早く美しく。「後片付けも仕事の内」「作業が終わった時には、同時に全部片付いてないといけない」と、呪文のように唱えながら。恥ずかしいものは人の目には触れさせないと、決めていたのだろうか。途中で異変に気付くと、それが完成間近であろうと、真夜中であろうと、“なかったこと”にして初めからやり直した。

 

串間のお寺での3回忌法要を終えて、車で約1時間のホテルジェイズ日南リゾートへ移動した。ホテルや旅館は温泉も楽しめるし、買い物から始まる食事の上げ下げ、布団の準備、などの心配から解放されて皆がリラックスできるから素敵だ。(わたしの今回の立ち位置は“娘”なので、もちろん何にもせず、風呂に5回も入り、父のイビキに3回文句を言ったりしてのびのび過ごしたのだけど)バイキング形式の食事をとっていると、話題は、やっぱり美味しかったおばあちゃんの味になった。

「ばーちゃんの作った“まずし”は美味しかったがねー」

「“まずし”ってどんな字を書くと?」

「“まずし”は“まずし”よ。寿司は寿司やけど」

「あ、てんぷらも美味しかったね!」

「きちきちしちょったがねー」

「あの味は素人には出せんね。エソのすり身を使っちょったがね」

「あと、えびも入ってました」

「………」

 

お風呂に入って、おなかいっぱいで、そろそろ部屋に帰ろうか~と席を立ったところ、やさしい歌声が聞こえてきた。ロビー近くのチャペルで、誰かがミニライブをしているようだ。家族と離れて、ひとりチャペルの隅っこの白い椅子に座った。

どうやら地元の夫婦らしい。奥さまが、わたしに微笑みかけ、『トラ』という曲を歌う。(う、ツボだ…)何ともわたし好みの雰囲気である。うれしい、うれしい。うれしいなーと思っていると、いつの間にか斜め前の席に兄がいる。伯母たちもいる!背後には父がいるし、わー、隣に母もいた!めずらしく大人しく聞いていたが、やはり、歌の合間に伯母たちは前の夫婦に話しかけている。

「あんたら地元の子なん?」

「はい。地元、北郷で活動をしているSunnySunnyといいます」

(えっ、知ってるー)と、心の中で叫んだつもりが声に出ていたらしい。

「え、ご存じなんですか。わーうれしい。知り合い以外で、知ってるって方とはじめて会いました!」

「あ、あのー。ストロベリーナイトフィーバー?とか、市木とかでイベントされてますよね。毎回、行きたいと思ってるんですが、市内で仕事してるとなかなか。足もなくて。でも、FaceBookで見て知ってました!」

「わーうれしい。では、最後に、わたしたちのおじいちゃんの歌を演奏します。おじいちゃんは、2年前に亡くなりました。わたしたちは、孫なのですごく可愛がってもらっていて、よく遊びに行っていました。おじいちゃんは、亡くなる前の数年は少し痴呆がはいってしまって、何度も何度も同じ話をしたりして同居していたお母さんを困らせていました。おじいちゃんの口癖は、先に亡くなってしまったおばあちゃんに向けての“はよ迎えに来んかー”で(笑)そんな、おじいちゃんの日常を歌った作品です」

 

いつの間にか、ホテルは霧に包まれていて、細くて温かい春の雨が降っていたのだった。そのあと、母とわたしは「不思議なことがあるもんやねぇ」と半身雨に打たれながら、ずいぶん長い間、露天風呂に浸かっていた。

 

【まずし】

あじ、さば、ちだい、かますなどの生魚をシメサバ風に調理する。身をスプーンで削いで薄く美しく厚みを揃える。削いだ身は、すし酢と混ぜる。炊き立ての米(固め)に、すし酢と乾煎りしたゴマ、生姜のみじん切りをあわせる。巻き簾を使い姿寿司にしてラップに包む。ひと晩寝かせて完成。魚と酢飯の間に大葉を挟んでもよいね。

 

【てんぷら】

大きなすり鉢と太い擂粉木を準備する。エソのすり身とエビのすり身に、卵、砂糖、塩、片栗粉を混ぜる。塩と片栗粉を入れると締まるので、体力が要る。すり鉢は誰か家族に支えてもらいましょう。千切りの生姜と人参、ごぼうのささがき、グリンピースを合わせて油で揚げる。フードプロセッサーだと、きちきち感が足りないのだな。

 

 

※写真は去年、母が作ってみた“まずし”。魚はカマスを使っています。

更新日時:2014.04.21(月) 00:24:05

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