ちいさなこだわり~食・旅・短歌~

渡邉円

1982年串間市生まれ。
ある日短歌と出会い帰郷。
美味しい食べ物に囲まれて、宮崎ライフを満喫中。
「都井岬短歌大会」「歌垣」など宮崎県内で短歌イベントを開催。

お弁当と短歌。

 

今回は、お弁当と短歌。

 

 

お弁当の短歌には、同じ家に寝起きしながら日中を離れて過ごす家族を思う歌が多くあり、胸を打たれた。

日常も、ちいさな旅を重ねているのだと、気付く。

 

 

弁当の卵焼き食ふ片方の端を今ごろ子も食ひをるか 小林信也『千里丘陵』

千里丘陵は、大阪の豊中・吹田・茨木・箕面にまたがる丘陵地で、1960年代に日本で初めての大規模なニュータウン開発が行われた。高度経済成長の中心的労働力である若いファミリーが、短期間に集中して入居したという。大阪万博開催も決まっていた、かの地の熱気は想像に難くない。作者は、千里ニュータウンに生活するサラリーマンであろうか。弁当の卵焼きの端と端を子と分け合う。はたと気づいたが、この時期、父と子は三食同じメニューを腹に収めていたのではないか。食べもので、人の思考は形成されるというのはわたしの自論だが、弁当を食い終わった小林親子の息づかい(そっくりなのでは)が聞こえるようだ。

 

酔ひ歩くときも携ふ弁当箱今宵は梅干の種が音する 小田朝雄『潮流』

弁当箱は、朝、家を出るときに持つ。決して忘れてはならない。駅までの道、電車の車内、会社のロッカー、弁当箱は作者とちいさな旅をする。飲み会がある日は、正直、カバンのなかに空の弁当箱や水筒があるのはじゃまっけだ。しかし、会社に置いてゆくわけにはいかない。梅干しは、腐敗防止のために弁当に入れられることが多いが、弁当になくてはならない一品としての存在感もある。また、梅干しの種の仁は「天神様」と言われる。その種が、カバンの奥でカラカラと鳴る。種も供に飲酒を楽しんでいるようだ。明日もまた、供に旅する同志よ、早よ帰らんかー。と言っているのかもしれない。

 

 

鰯の背骨夫とわたしのそれぞれの弁当箱にのこりぬゆふべ 上村典子『貝母』

弁当のお菜となったのは、鰯の丸干しだろうか、梅煮だろうか、フライだろうか…。わたしは、魚をおろすことが苦手で、スーパーに旬の魚を見つけても、逡巡し、ようやく手にするものの「だ、大丈夫かな」と心の声は鳴りやまず、ネットでレシピを確認し、新聞紙を何枚も敷いた台所でおそるおそる調理を開始する…という体たらくだ。弁当に鰯が入っているなんて、作者は相当の料理上手である。鰯は、群れをなして行動する回遊魚である。弁当を毎日携えて仕事場へゆく夫と自身を、鰯に重ねているのだろう。ちいさな旅を経て帰宅した弁当箱には、しっかりとそれぞれに背骨が残っていた。それは夫婦の背骨を貫く矜持のようだ。うれしい発見をした台所には、充実した日々をたたえるように、暮れなずむ夕日が明るく射していたのではないだろうか。

 

 

もう抱けぬ重さの吾子の弁当に取りておくいちばん大きい苺 平岡三和子『迷路遊園地』

作者は、スーパーで苺を買うときから「明日の弁当にも使えるし…」と考えていたのだろう。そして、夕食後のデザートに苺を洗っているときに、その中でもいちばん大きい苺を子供に取り置いた。もちろん、他の家族には相談することなくひとりで決めたのだ。いつだってこの胸に抱いていたいのに、子供は成長する。中学生だろうか高校生だろうか。眼差しで、心で抱くことはあっても実際には、もう、抱くことはない。子供の成長をうれしく思いながら、さびしさも伝わる良い歌である。朝のキッチンは、慌ただしくもあるが、調理する時間は不思議と静寂でもある。忙しく手を動かしていると心が整ってくる。「毎日の弁当も、あと数年で作ることもなくなるんだなぁ」「どんどん大きくなってゆくなぁ」と考えながら、卵を焼いたり青菜をゆでたりする。仕上げに、昨夜取り置きしていた苺をのせる。苺をお弁当にのせるには“弁当箱に詰めたご飯やお菜が完全に冷めるまで待つ”というひと手間も必須である。

 

手塩といふやさしき味をむすびたる越のしら飯野にかがやかす 馬場あき子『青椿抄』

「手塩」とは、辞書には、昔食膳に備えて適宜に用いた塩とあるが、今回は「手塩にかける」という慣用句をやっぱり思う。“自分で直接面倒を見て大切に育てること”、というその言葉を単語をまるごと味覚を示す表現として用いている。やさしく、おおきい表現力であるなぁと嬉しくなる。手塩にかけて育てたお米、そして塩。日本人は、稲が成長する姿を無条件に可愛い!と思える能力を備え持つ民族である。と、古事記の先生から聞いたことがある。「越」とは「越の国」。現在の、山形県から福井県にまたがる日本海側の地域である。作者は、コシヒカリ(かどうかは不明だが)の真っ白いおむすびを持って、野に遊んだのだ。先日、わたしたちが日向の地で開催した『歌垣』を越の地で行っていたのだ。そして、その地で詠まれた歌は、野を越え山を越え、時間も越えてわたしたちの胸に、今届いた。感慨深い。

 

 

 

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更新日時:2014.05.07(水) 00:00:13

番外編~歌垣~

先日、宮崎県の日南市の酒谷の坂元の棚田で「歌垣」っていうイベントを開催しました。

後日、宮崎日日新聞社の記者さんより、素敵に記事にしていただいて、嬉しく思っています。

実は避けて通ってきた「歌垣」ってネーミングについても、さすが記者さんで、いい感じに説明&スルーしてくださってます。

「歌垣とは、一般に男女が集会し互いに掛け合い歌を歌う習俗を言う」です。

古事記や風土記を紐解くと、赤裸々な個人的なでも普遍性のある物語が歌とともにあらわれます。

わたしは、今まで歌を詠むことが大事だと思っていたのだけれど、実は、野に集うことが大事なんだと実感しました。野に集い、飲食を共にすることで、心が解放されて、時間がゆっくりながれる。大人も子供も、野に埋もれて野生に混じる喜びを得た、今回の「歌垣」でした。野には出かけて行かないとね。

思い出が新鮮なうちに。写真をアップします。きっと、伝わると信じています。(だって、ちょー楽しかったもんね!)

次回は、「野」と「短歌」とをつなげてくれた“お弁当”に焦点をあててみたいと思っています。

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更新日時:2014.04.24(木) 22:12:55

おばあちゃんの味

 

4月の土曜日。雨が今にも落ちてきそうな空模様の下、わたしたちは北郷のホテルジェイズ日南リゾートの小さなチャペルで同じ時間をすごした。

 

地元北郷で音楽活動をするSunnySunnyという夫婦と、わたしたち親族だ。

SunnySunnyのことは、友人のFaceBookでときどき見かけていたので、名前だけは知っていたけれど、歌声に誘われて、ひとりチャペルの椅子に腰かけたときには、これから発生するちいさな偶然に出会うことなど知らないわたしであった。

 

おばあちゃんの3回忌法要に参加するため、故郷の串間市に集った。わたしの目線で紹介すると、わたし、兄、父、母、伯母①、伯母②、叔母③の7名だ。普段、串間に暮しているのは父母2人。あとは、宮崎市、横浜、大阪などにそれぞれに住まいを持っている。暮らした時代は違えど同じ家を実家とする我々は、おばあちゃんを中心に想い出を共有している。

 

大正3年うまれのおばあちゃんは、戦中に青春を過ごした。

おばあちゃんが女学生だった時代の武勇伝を、くりかえし、くりかえし聞かされて育ったけれど、お洒落で気位が高くてイタズラ好きのおばあちゃんは、結構素敵だったんじゃないかと今になって思う。

そんなおばあちゃんが結婚した相手は、南方方面軍の通信班長で海軍大尉という早口言葉か何かのような肩書きの長身のイケメン。写真でしか見たことはないし、孫のわたしが言うのもアレだが、あったかい笑顔のかっこいい青年だ。

許嫁というのだろうか「結婚は決まっちょったから」と、おばあちゃんは言っていたけれど、2人にはどんな日々の会話があったのだろうか。

おじいちゃんは64才で亡くなった。TVドラマ『赤い疑惑』をみて、牛乳を飲んで、お風呂で息を引き取ったらしい。(見ていたTVは“プロレス”だったとの証言もあるが、今回は『赤い疑惑』説を採用する)それから約40年、おばあちゃんは生きた。

わたしはおばあちゃんの8人いる孫の最後のひとりである。両親が共働きだったこともあり、おばあちゃんっ子だったわたしは、中学生になっても、高校生になっても、2階のおばあちゃんの部屋で一緒に2時間ドラマを見たりしていた。特に、いろいろお喋りをした記憶は無い。あったかいコタツにあたりながら本を読むわたしは、おばあちゃんの使う針に糸を通してあげる。と、お互いに“使える”存在だったのだろう。

おばあちゃんは料理と手芸が得意で、いつも、何か作っていた。料理は大量に手早く美味しく、手芸は丁寧に手早く美しく。「後片付けも仕事の内」「作業が終わった時には、同時に全部片付いてないといけない」と、呪文のように唱えながら。恥ずかしいものは人の目には触れさせないと、決めていたのだろうか。途中で異変に気付くと、それが完成間近であろうと、真夜中であろうと、“なかったこと”にして初めからやり直した。

 

串間のお寺での3回忌法要を終えて、車で約1時間のホテルジェイズ日南リゾートへ移動した。ホテルや旅館は温泉も楽しめるし、買い物から始まる食事の上げ下げ、布団の準備、などの心配から解放されて皆がリラックスできるから素敵だ。(わたしの今回の立ち位置は“娘”なので、もちろん何にもせず、風呂に5回も入り、父のイビキに3回文句を言ったりしてのびのび過ごしたのだけど)バイキング形式の食事をとっていると、話題は、やっぱり美味しかったおばあちゃんの味になった。

「ばーちゃんの作った“まずし”は美味しかったがねー」

「“まずし”ってどんな字を書くと?」

「“まずし”は“まずし”よ。寿司は寿司やけど」

「あ、てんぷらも美味しかったね!」

「きちきちしちょったがねー」

「あの味は素人には出せんね。エソのすり身を使っちょったがね」

「あと、えびも入ってました」

「………」

 

お風呂に入って、おなかいっぱいで、そろそろ部屋に帰ろうか~と席を立ったところ、やさしい歌声が聞こえてきた。ロビー近くのチャペルで、誰かがミニライブをしているようだ。家族と離れて、ひとりチャペルの隅っこの白い椅子に座った。

どうやら地元の夫婦らしい。奥さまが、わたしに微笑みかけ、『トラ』という曲を歌う。(う、ツボだ…)何ともわたし好みの雰囲気である。うれしい、うれしい。うれしいなーと思っていると、いつの間にか斜め前の席に兄がいる。伯母たちもいる!背後には父がいるし、わー、隣に母もいた!めずらしく大人しく聞いていたが、やはり、歌の合間に伯母たちは前の夫婦に話しかけている。

「あんたら地元の子なん?」

「はい。地元、北郷で活動をしているSunnySunnyといいます」

(えっ、知ってるー)と、心の中で叫んだつもりが声に出ていたらしい。

「え、ご存じなんですか。わーうれしい。知り合い以外で、知ってるって方とはじめて会いました!」

「あ、あのー。ストロベリーナイトフィーバー?とか、市木とかでイベントされてますよね。毎回、行きたいと思ってるんですが、市内で仕事してるとなかなか。足もなくて。でも、FaceBookで見て知ってました!」

「わーうれしい。では、最後に、わたしたちのおじいちゃんの歌を演奏します。おじいちゃんは、2年前に亡くなりました。わたしたちは、孫なのですごく可愛がってもらっていて、よく遊びに行っていました。おじいちゃんは、亡くなる前の数年は少し痴呆がはいってしまって、何度も何度も同じ話をしたりして同居していたお母さんを困らせていました。おじいちゃんの口癖は、先に亡くなってしまったおばあちゃんに向けての“はよ迎えに来んかー”で(笑)そんな、おじいちゃんの日常を歌った作品です」

 

いつの間にか、ホテルは霧に包まれていて、細くて温かい春の雨が降っていたのだった。そのあと、母とわたしは「不思議なことがあるもんやねぇ」と半身雨に打たれながら、ずいぶん長い間、露天風呂に浸かっていた。

 

【まずし】

あじ、さば、ちだい、かますなどの生魚をシメサバ風に調理する。身をスプーンで削いで薄く美しく厚みを揃える。削いだ身は、すし酢と混ぜる。炊き立ての米(固め)に、すし酢と乾煎りしたゴマ、生姜のみじん切りをあわせる。巻き簾を使い姿寿司にしてラップに包む。ひと晩寝かせて完成。魚と酢飯の間に大葉を挟んでもよいね。

 

【てんぷら】

大きなすり鉢と太い擂粉木を準備する。エソのすり身とエビのすり身に、卵、砂糖、塩、片栗粉を混ぜる。塩と片栗粉を入れると締まるので、体力が要る。すり鉢は誰か家族に支えてもらいましょう。千切りの生姜と人参、ごぼうのささがき、グリンピースを合わせて油で揚げる。フードプロセッサーだと、きちきち感が足りないのだな。

 

 

※写真は去年、母が作ってみた“まずし”。魚はカマスを使っています。

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更新日時:2014.04.21(月) 00:24:05

カレー~CURRY~

カレーが食べたい。

グリーンカレーが食べたい。そう思ったら行かなくてはならない。足早に、駅ナカのカレー屋さんへ。

しっかり辛くて、野菜をいっぱい摂れて、新鮮なカレー。

(料理に対して、新鮮という言葉をあてはめていいのかわからないけれど、新鮮な料理とそうでない料理があって、その違いはもう明白であるよね。)

辛いので、お腹のなかでもじわじわ主張するところも気に入っている。

野菜は、宮崎県産のものを使っているらしい。注文の度に「す、少なめで…す、すみません。」と、謝りつつ主張し続けたので、最近は、顔を覚えてくださった。

グリーンカレーを食べる度に、カッパを思う。

きっと初めて食した際に、そうインプットしてしまったのだろう。

芥川龍之介の小説『河童』によると、

カッパは「我々人間の真面目に思ふことを可笑しがる、同時に我々人間の可笑しがることを真面目に思ふ」らしい。

カッパの世界は、生まれることが子供の意志で決まるというし、恋も愛もすべて雌が支配するし、失業すると肉にされて売りとばされる、んだそう…。なんか、いいよね。

 

自宅でもカレーをつくる。この写真のときは、ウインナの輪切り、干し椎茸、ゴボウ、玉ねぎ、セロリ、生姜のカレー。

 

 

この時は、鶏肉の夏野菜カレー。トマト、茄子、玉ねぎ、カボチャ、長イモに生姜をたっぷり。ヨーグルト入り。

 

 

いちばん最近(未だ鍋ごと冷蔵庫に入っている)は、豚肉と玉ねぎとすりおろした野菜(ニンジン&生姜たっぷり)に麦!

麦のプチプチした食感がうれしい会心の作。思わず(ふほほ)会心の笑みがこぼれた。

 

人の身体と思考は、食べものによってつくられると信じている。

めげそうなとき(だいたい手遅れで、だいぶめげている)は、カレーに限る。

 

(↓↓こちらは、幸島ドライブインのグリーンカレー。マヒマヒのフライが乗っかってて嬉しい。)

 

野菜も肉も穀物も、豊かな土と、水と日差しを浴びて育つ。

あまり詳しくないので、突っ込んだことは言えないけれど、きっと、堆肥だったり与える栄養の違いで美味しさや栄養価は違ってくるはずだ。

 

 

だから、わたしは一生懸命食べる。貧弱な精神を、食べものによって、養うために。

 

ところで、先日行きつけのカレー屋さんで「ですです」を連呼するサラリーマンを発見。

ああ宮崎!宮崎っぽい!と、ひとり激しい感動を覚え、なつかしい自作の短歌を思い出した。

 

【「ですです」と「だからですよ」は敬語かと訊ねれば「だよだよ」と返り来】 渡邊 円

 

◆お知らせ◆

4月19日に『歌垣』を開催します。

http://nora.asia/kai/4/information.php

お弁当をご持参ください、参加は無料です。お会いできたら嬉しいです。

 

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更新日時:2014.04.07(月) 00:00:25

珈琲~COFFEE~

橘通りの、わたしの小さなアパートは、ペンキ塗りの青い扉が可愛い。東向きのおおきな窓と、台所とバスルームに小さな窓がある。家賃の安さも手伝って、ひとめで気に入ってしまった。わたしはこんな部屋に住みたかったのだ。

毎朝、明るい台所でコーヒーをいれる。いろいろ試してみたが、結局落ち着くのはキーコーヒーの青缶である。香りがよくて、さっぱりしていて、ほどよいコクがある。せっかく宮崎に暮しているのだから、地元のコーヒーを。と、思っているのだけれど、なかなか出会うことができずにいる。

喫茶店には、小学生のころから親しんでいた。

父との待ち合わせは、いつも、喫茶店で。待ち時間が30分でも1時間でもぜんぜん平気で、雑誌や本を読んで過ごした。特に気に入っていたのは『家庭画報』という分厚い奥さま雑誌で、高級料亭の懐石料理やリゾートホテルを「これは日常ではないな」と理解しつつも、何となく、身近に感じていた田舎の小学生だったのだ。

どちらも、もう閉店してしまったけれど、わたしの喫茶店遍歴のはじまりは「ピエロの扉」と「夢珈房」である。どちらも、串間市にあった喫茶店で、「ピエロの扉」は成人前に(ピーマンと玉ねぎの浮かんだコンソメと、サラダのドレッシングが美味しかった)。「夢珈房」は成人後(アメリカンをたっぷり)に、それぞれ、常連顔で足を運んでいた。

わたしは嗜好品が、好きである。

ウィキペディアによると、嗜好品という用語は1912年(大正元年)の雑誌「太陽」に掲載された森鴎外の短編小説「藤棚」の記述

引用ここから

藥は勿論の事、人生に必要な嗜好品に毒になるような物は幾らもある。世間の恐怖はどうかするとその毒になることのある物を、根本から無くしてしまおうとして、必要な物までを遠ざけやうとする。要求が過大になる。出來ない相談になる。

ここまで

によるらしい。嗜好品の特質は以下のとおりであるらしく、成る程、わたしはそれらを暮らしにおいて非常に大事にしている。

1.普通の飲食物ではない。:栄養・エネルギー源を期待しない。

2.普通の薬ではない。:病気治療を期待しない。

3.生命維持に強い効果はない。

4.ないと寂しい感じ。

5.食べると精神(心)にいい効果がある。

6.人の出会い意思疎通を円滑にする。

7.植物素材が多い。

特に、4~6の特質は、なんだか詩的であるよ。

パンもわたしにとっては嗜好品である。ご飯党なので、パンは、いったいどれくらい食べるのが適量であるのかがよくわからない。けれど、何となく、いつもと違う朝を迎えられる様子がして、ときどき、朝食にパンを焼く。焼くと言っても、買ってきて冷凍庫で保存していたパンを、網にのせてコンロで焼き色をつけるだけなのだが、とても美味しく仕上がるので気に入っている。

宮崎は、もう春。新富町の座論梅は、とうに盛りを過ぎてしまったし、日南海岸に匂う山桜も、先週あたりに見ごろを迎えている。3月20日が、ソメイヨシノの開花予想日であるらしい。

 

【はかなくて過ぎにしかたをかぞふれば花にもの思ふ春ぞ経にける】(新古今集101-春歌下)式子内親王の歌である。

 

この歌は、紀貫之の【桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける】(古今集―春歌下)に則っているらしいが、比べてみると、紀貫之の歌は自分の外の風景を詠んでおり、式子内親王の歌は自分の内の春を詠んでいる。そして、紀貫之の花は桜とあるが、式子内親王の花は何であろうか。はかないのは、私自身であり、経てきた春は生涯に幾度も経験した恋であろう。春はある日、霞とともに去ってしまう。けれど季節はめぐり、また春が来る。

 

花の開花を心待ちにする心は、もしかすると嗜好品を愛する気持ちと似ているのかもしれない。無くても、日常はある。花を楽しむこころを忘れている数年も人生にはあるだろう。けれど、個人の日常とは関わりなく、季節は巡り、花はわたしたちをまた楽しませてくれる。

そう思うと、嗜好品の特質1~3および7は、まったく満開の桜に当てはまる。もちろん、4~6の付加価値も連れて、宮崎に春がやってきた。

 

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更新日時:2014.03.21(金) 00:00:37

檸檬~LEMON~

〈雀のお宿に春が来て、お屋根の草も伸びました。

舌を切られた小雀は、ものの言えない小雀は、たもと重ねて、うつむいて、ほろりほろりと泣いてます。

父さん雀はかわいそで、お花見振袖購いました。

母さん雀もかわいそで、お花見お団子こさえます。

それでも、やっぱり小雀は、ほろりほろりと泣いてます。〉金子みすゞ「すずめのお宿」

3月4日付の読売新聞で出会った、金子みすゞの「すずめのお宿」は、日本の昔話のその後をイメージして創作された5編の作品のなかのひとつだそうだ。記事には、いじめにあったり不登校だったりの子どもの悩みを聞く女性が紹介されていた。傷や悩みを『話す』ことは『放す』こと。それを『聞く』ことは『効く』ことにつながる、とあった。女性は子どもたちに、それぞれの事情や状況に合わせた詩を紹介したり、贈ったりするうちに、子どもたちが変わっていく姿を目の当たりにしてきたそうだ。

それにしても、詩には力がある。「わたし」が主人公として「物語る」勇気をくれる。

物語の続きを思う。梶井基次郎の『檸檬』、あれの続きなど。梶井の檸檬はカリフォルニヤ産。

※『檸檬』は短編。ちょっとお時間いただけたらコチラでも読めます→ http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/424_19826.html

高村光太郎の『レモン哀歌』の智恵子は、レモンをがりりと噛んだのだった。智恵子が噛んだのは、国産レモンであって欲しいな。

 

数か月まえ、宮崎市内のライフスタイルショップにて、レモネードシロップ作りのワークショップに参加した。

 

東京からやってきたイケメン先生に教えていただいたポイントは、

①国産減農薬レモンを使う→皮まで安心して食べることができる。当日は、日南産レモンを使用。

②砂糖やスパイスを数種類準備する→いろいろ選べて楽しい。

③その後の物語を思う→シロップにひたした後のレモンの食べ方あれこれ(乾燥させてそのままおやつに、刻んでパンにケーキに焼き込む、肉料理の甘味に、など。皮からでる苦みを考えると熱を加える時間を短くしたいな☆)。

クローブとシナモンを効かせたレモネードシロップとフレーバーコーヒーの組み合わせは、一杯で元気の出る冬の飲みもので、まさに物語がうまれそう。

ベリー系のお茶にローズヒップ入りレモネードシロップの組み合わせは、ビタミンCがたっぷり入っていそうな、鮮やかな赤!これはポットに作ってたっぷり飲みたい!など。如何ようにも、物語は展開する。

 

雪舟えま歌集『たんぽるぽる』を、わたしは引っ越しのたびに連れてきている。この歌集の表紙は、タンポポの黄色が印象的である。春に読みたい本、夏に読みたい本、秋に読みたい本、冬に読みたい本が、それぞれにある。『たんぽるぽる』は春の本だ。

寄り弁をやさしく直す箸 きみは何でもできるのにここにいる

ごはんって心で食べるものでしょう?春風として助手席にのる

指なめて風よむ彼をまねすれば全方角より吹かれたる指

たんぽぽがたんぽるぽるになったよう姓が変わったあとの世界は

春は足音をたてて、風をひきつれて、やってくる。物語はやさしく存在するけれど、感傷にひたってばかりではいけない。しっかり寝て、旨いもの食べて、保湿をしっかりして、よい香りで、元気に、わくわくしていたい。旅もしたい。(最近の楽しみは、これを読むこと→ http://tabi-labo.com/2931/4dsk/ )

自然は常に意志的に、時に暴力的に、世のなかを動かしている。しかもしっかり私たちを把握しているらしい。それは、例えば一遍の詩歌に見出されていたりする。

【日月は眠るがごとし優しさの鍵は包んでポストに捨てる】渡邊 円

 

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更新日時:2014.03.07(金) 00:00:17

神戸~KOBE~

【あかねさす「おひさま号」に乗り込めば見送りくるる友ある小春日】渡邊 円

(あぁ、写真が…。)

20代をながく過ごした神戸に、帰郷したときと同じ夜行バスに乗って行ってきた。

会いたい人に、宮崎で元気でやっています。短歌を頑張っています。と伝えるために。

南国と言われる宮崎でも、まだまだ冬の寒さはきびしい。それでも、生きているとぽっかり春を感じられる日に恵まれることがある。

小さな、春の日。

20時まえに出発するバスに乗るため、いちにちお世話になったSさんとRさんと息子のNくんと共に、宮交シティのバスセンターへ向かった。コートも要らないほどの暖かさに触れて、きっと、今日のことは一生忘れないのだろうと思った。でも、毎日はやってきて、忘れないと思った出来事さえ、忘れてしまうこともわたしは知っているし、だからこそ日常の在り難さに時間の優しさに胸をつかまれるのだと思いすこしくるしくなってしまった。もしかしたら、今日が最後の笑顔なのかもしれない。そう思うと、旅に出る瞬間なのに、宮崎が恋しくなってしまった。

稀有ちゃんは、Kさんが大事にしているキューピー人形で、わたしは彼をみるたびに、向田邦子のエッセイにある電車の旅で出会った夫婦と、その奥さんが始終離さず持ち歩いていた人形のことを思い出す。

いまからもう、4年にもなる。西神南駅から歩いて5分の高層マンションにあるKさん宅ですごした数日間は、人生で何度目かの、わたしのバケーションだった。

朝5時に、旦那さんは散歩に出る。おおきな太陽が、まるでお母ちゃんのようなんだと笑いながら哲学を一生懸命語っていらした。帰宅すると、奥さんは、人参と林檎のジュースを作ってくれた。お譲さんの服や靴のサイズは不思議とわたしにぴったりで、涙がでた。

わたしは短歌と出会う前、ずいぶんと古事記にかぶれていた。神戸女子大の一般向けカルチャーで、偶然となりに座っていたのが奥さんだった。素人なりに、熱心に勉強した古事記の、定住の地を持たない芸能者の姿に、いつしかわたしは自分の姿を重ねるようになった。

【負けぶりを演じよ晴れた月の夜に何をかなしむことがあろうか】

これは、日向の海幸山幸神話の海幸彦の無念に共感してできた歌のひとつ。宮崎には、全国で唯一海幸彦を祀った潮嶽神社がある。穏やかな海はきっと古事記が編さんされたずっとずっと昔から、そこに暮すわたしたちを見守ってくれているのだろう。

根っからの旅好きなわたしは、いつも「ここではない、どこかへ行きたい」と願っている。願いが叶って、新しい生活をはじめた瞬間から、次の行くべき場所を思い焦がれている。

周囲の環境が悪いわけではない。愛情を感じられないわけではない。わたしの根がないのだ。

お土産は、何にしようと考えて「南いちご農園」のいちごを前日に宅急便で送ってもらうことにした。一粒ずつ、丁寧に箱に詰められた苺が、山をこえて野をこえて、わたしの大事な人のもとにやってきた。

果物は、すてきだ。特に、苺は。よい香りがするし、明るくて、みずみずしい。簡単な言葉で表現できるものほど輝いているし、普遍的であるのだろう。

Kさん宅をあとにして、地下鉄で三ノ宮に戻る。

大好きな友人と、ひさびさの再会。絵本作家のなっちゃんと、南京町へ行く。さんちかへ行く。パン屋をウィンドウショッピングする。

 

わたしより、多分5才くらいお姉さんのなっちゃんは、ちゃんとひとり暮らしをしていた。

寝る前は、アロマオイルの香りのお風呂にどっぷり浸からせてくれて、ふわふわのお布団とパジャマまで準備してくれていた。

朝おきると、素敵な朝食も準備されていた。テレビでは、ワイドショウが深刻にわーわー言っていて、「あの人がそんなことをするなんて信じられない」って言って。ここは、いったい何年何月でどこでわたしは何者であっても、まったく構わないのではないかな。という思考の続きとして「ねぇ、ほんとに!」と言ったら、なっちゃんは困ってしまった。

食後に不思議なスパイスの味のコーヒーと、砂糖衣がつめたくてなめらかで存在感のあるお菓子をたべた。

とても記憶にせまるお菓子だった。粉砂糖に卵白を入れて湯せんでここまで胸にせまる砂糖衣になるのかしら。水あめ?洋酒はいっさい入っていない。

生地は、上質のアーモンドプードルとバターと塩、砂糖。 黄金色のお菓子。

パルシネマでみたのは、『大統領の料理人』と『タイピスト!』この2本は、宮崎キネマ館でも上映されていた。ミニシアター系の映画をタイムリーに楽しめるのも、宮崎に帰ってきて驚いたことのひとつだ。先日は、『ハンナ・アーレント』も見ることができた。

県立美術館での、ポンピドゥー現代アート展。

わたしが好きな、満開の桜の木に星のいっぱい散りばめられている絵画には会えなかった。

かつては常設だったのだ。神戸の震災の復興を願っての新進気鋭の作家の作品だったように思う。

センター街の地下で、長田の「ぼっかけ」(スジとこんにゃくを甘辛く煮たもの) 入りのモダン焼きとビールもやっぱり飲んじゃって、フロインドリーブのドイツパンをお土産に買って、やっぱり「おひさま号」に乗って宮崎に帰った。

神戸でのんびり過ごしてる間に、寒気はやってきていて。

宮交シティから、自転車で橘通りのアパートまでの30分が寒くてそれでも日差しがまぶしくて不思議と涙がでる。すれちがう自転車通学の高校生は、かつての自分であったのに。ずいぶん遠くに来てしまったようだ。

3日留守にした冷蔵庫には、牛乳と卵がある。

あつい生姜入りミルクティー(砂糖もいっぱい!)と、

旅先で覚えた、卵黄の醤油漬けをさっそく作ってみる。

故郷のあまくてこゆいお醤油は、実はあまり好きではなくて台所のシンク下で、少ない出番を待っていた。

ところが発見、この卵黄の醤油漬けには、間違いなく九州のあまい醤油が合うのだ。

聞けば、横浜に住む兄夫婦は、帰省のたびに重たい醤油を2本も3本も手荷物で持って帰るのだという。

遅ればせながら、わたしもその魅力にはまっている。

もう旅なんてしなくてもいい、なんて言われても。きっとまた、旅にあこがれてしまうのだろう。体力は少し自信なくなってきたけど。

 

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更新日時:2014.02.21(金) 00:00:44

歌垣~UTAGAKI~

https://www.facebook.com/events/532812996826191/?ref_dashboard_filter=upcoming

「春の棚田で歌垣を」と、思いついた。

短歌には歌枕といって、地名を歌のキーワードとする伝統がある。

 

例えば、持統天皇の【春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山】(新古今集175-夏歌)

 

もう、何年前になるだろうか。持統天皇のこの歌にあこがれて大和三山をひとり歩いた。香具山はとても低い山で、あっという間に山頂らしき原っぱに到着。1300年前に歌に詠まれた場所に、今、わたしが立っているんだなぁーと胸がしぃんと静かになったことを覚えている。

宮崎に帰郷し、若山牧水の【日向の国都井の岬の青潮に入りゆく端に独り海見る】

そして、伊藤一彦先生の【母の名は茜、子の名は雲なりき 丘をしづかに下る野生馬】

この2首と出会い「都井岬短歌大会」の開催を思いついた。

 

宮崎に住む歌人仲間の協力を得て迎えた都井岬短歌大会当日に、もうひとつ嬉しい出会いがあった。短歌の仲間であり詩人である藤﨑正二さんの『うまのみさき』という作品。

 

“とーく とーく

はなれたところにうまがいます

ゆうやけのそらのもと

くろくかげったうまたちが

しあわせそうにくさをたべています”

 

歌には、あこがれを喚起させるパワーがあるように思う。

あの歌に詠まれた、あの場所へ、いつか行ってみたいなぁ。という、ほのぼのとした気持ちは人を旅へと誘う。

日南市飫肥に暮す山脇恵乙子さんの歌集『壁土の声』にも、連作「棚田」をはじめ県南の風土を歌った作品が多く収められている。

【完熟の金柑色の夕つ日をこくこくこくと山は食みゆく】

金柑は宮崎の特産品。他県のものと比べると、圧倒的に大きくて、圧倒的に丸くて(という表現はおかしいでしょうか。でも、丸いと思う…)、圧倒的な光を放ちます。こくこくこくと飲むように、しかし金柑だから食むのでしょうか。作者は暮れゆく夕日、はたまたそれを食む山のように大きな自然と一体になる。

そんな金柑をたっぷり使ったお菓子を楽しめるのも、うれしい2月。

店名を失念してしまったが…、図書館の近くのお城みたいなティールーム。

さて、歌垣。

春の阪元棚田には、いちめんにレンゲが咲き盛るそう。

そこで実験。古代の人々が楽しんだ「歌垣」って、わたしたちも楽しめるのでしょうか。

空が青くて、水がたっぷり流れていて、ふかふかの田んぼ!なのだそう。

お弁当持ってピクニック。想像するだけで、こころに春がおとずれます。

4月19日(土)阪元棚田で「歌垣~UTAGAKI~」を開催します。

どうぞ皆さまお気軽に、お弁当持っていらしてください。12時ごろに、集合です。

【ふたりには見上げる空が青すぎて 春の棚田においてゆきたり】 渡邊 円

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更新日時:2014.02.14(金) 23:27:31
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