平成最後の夏、外出するのも躊躇してしまうような猛暑、そしてひとたび雨となると雨の滴が傘を撓ませるような激しさです。そんなこの夏、取材にお邪魔したのは綾町。日本最大級の照葉樹林が広がり、町全体がユネスコエコパークに認定されている綾町は「有機農業」の町としても知られ、移住者も多い町です。
香月ワインズは、自然生態系を維持する農法に取り組み、畑には農薬・除草剤・化学肥料を一切使わず下草にはハーブ等を育てるブドウ栽培をしています。収穫されたブドウからのワイン造りもすべて手作業。2017年に初出荷した1000本は発売後すぐに完売し、話題を呼びました。手造りのナチュラルワインを家族経営で行う香月克公さんにお話を聞きました。
香月さんとワインとの出逢いは、ワーキングホリデーで訪れたニュージーランド。ヒッチハイクをしながら宿を転々とし、りんご畑で季節労働をしていました。繁忙期が終わり次の仕事を探していた時に、偶然見つけたのがストリートナンバー65の標識。6月5日が誕生日の香月さんは運命的なものを感じ、訪ねていった先がワインの原料となるブドウ畑だったのです。そして10年間。地元の人たちと一緒に働き、土曜日にはニュージーランドで人気のラグビーに挑戦して友人の輪を広げながら、ブドウ作りや醸造の技術を習得していきました。仕事をしながら学校に通い醸造の技術免許を取りさらには永住権も取得して、本格的に現地で成功しようと考えていた香月さんの想いを一変させた出来事がありました。それは意外にも、ニュージーランド産ワインの世界的な大ヒットでした。
世界中からの注文の応じるための大量生産への切り換え。広大な羊の牧場を買収してブドウ畑に、さらにはブドウに本来適さないような寒冷地の森林を伐採して畑が作られて行く光景を目の当たりにした香月さんは大きな違和感を覚え、仕事への意欲も沸かなくなっていったそうです。そんな時、ワイン造りを楽しめなくなっている香月さんの様子を見かねたワインの師匠に勧められたのが、ニュージーランドのワイン造りのルーツでもあるドイツへ渡ること。現地に連絡を入れて、香月さんを「とりあえず行ってこい」と送り出してくれました。
香月さん曰く、ドイツのワイン造りは日本の昔ながらのお米農家のような感じなんだそう。ホームステイ先ではおじいちゃんと一緒に畑に出ると、おばあちゃんが10時にはコーヒーを淹れて声をかけてくれる。収穫の時は、家族や隣近所で助け合いながら、お昼はみんなでパンとチーズとワインを食べてという、シンプルで緩やかな生活に感動した香月さん。自分自身が楽しさや幸せを感じるワイン造りを考えたときに、家族でやりたいという想いが芽生えはじめ、ニュージーランドでの契約終了を待って宮崎に帰ってきました。
ドイツで経験したような家族団欒で隣近所と助け合いながらみんなでワインを作りたい。その想いと合わせて、香月さんの中に芽生えた新しい軸が、ワインを通して「人を育てる」ということです。知人から聞いた宮崎県の自殺率の高さにショックを受け、自身が経験したように若い人たちに海外に出てもらって、いろんな考え方、アイデア、生き方があることを知ってほしいと考え、ドイツやニュージーランドと宮崎を結んでの研修制度を構想しています。一方、綾の農場にもフランス人が1か月滞在するなど、地元にいても海外の人と触れ合えるきっかけの場にもなっています。また、地元の学生の学びの場にもなっていて、園芸や地方創生を勉強する学生も香月さんの元へやってくるそうです。
昨年の収穫の時期には、年代や職業の様々な60人を超える助っ人が集まりその光景に感動したという香月さん。2018年に収穫したワインの出荷は2019年2月の予定。自然との調和を大切に考えて作られ、そしてたくさん人との輪を結んで手造りされたワインで、家族や友人と賑やかに乾杯する日が楽しみです。