堀川尚子のフォレストライフ~もろつか村~

堀川尚子

まちとムラを繋ぐグリーンツーリズムを推進する、一般社団法人 諸塚村観光協会に勤務。標高1,000級の山々に囲まれ、村の95%を山林が占め、人々がモザイク模様のように、あれもこれも兼ねながら暮らしている様子をお伝えします。

世界に認められた椎茸

宮崎県北西部、耳川の中上流部に位置する諸塚村は、山を守り森林を創り、自然と共生しつつ森の恵みを受けながら暮らしている村です。これから半年間、「フォレストライフ~もろつか村~」を担当させていただく、堀川尚子と申します。山の幸の魅力を伝え、ムラの人々の想いをつなげ、おいしさの輪が広がることを願い、更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

九州には、およそ3種類の森があります。1つは針葉樹。木材を生む森であることから、人工林といわれます。もう1つは、地域に長く生きてきた天然林で、常緑広葉樹が主体です。3つ目は、人が森を活かす落葉広葉樹で、椎茸のホダ木にするクヌギもこの中に入ります。この3種の森が入り交じり、パッチワークのように見える不思議な山肌は「モザイク林相」と呼ばれます。

 諸塚村は自治体として初のFSC(Forest Stewardship Council)森林認証を取得し、環境や人にやさしいことを世界的に認められた全村森林公園の村です。

村の面積の約95%は山林で、残りの5%に農地や宅地などが点在しています。そのような条件であったため、明治40年に「林業立村」を宣言。人々は木材だけでなく、椎茸・畜産・お茶をはじめ、狩猟・ハチ捕り・川漁・薪の生産などを行い、村民それぞれが1つの仕事ではなく、あれもこれも兼ねながら広く林業を営み暮らしています。モザイク模様の山肌は、人々が森ととも生きてきた証だと感じています。

林業は、親から子、子から孫へと受け継がれる生業です。スギが育つまでに40~50年、クヌギは20~25年で椎茸の原木となります。クヌギなどの広葉樹が豊富にあり、山の傾斜地や山林内のホタ場として活用し、乾燥するための薪にも恵まれていたことから、椎茸栽培が盛んに行われてきました。3年経てば出荷できることが、主産業として成長した理由でもあるようです。

そのひた向きな努力によって、生産量・価格も上昇傾向になり、昭和58年には1キロ6,800円。当時のことを「あの頃のなば(=椎茸)は、えらかった。」と、当時を知る村民は言われます。

十数年前に輸入品の影響を受け、価格が下落。諸塚村の存続をかけて「椎茸団地」を整備し、振興への思いを強く抱く男たちがいました。「椎茸は主役にはならなはいけど、日本人が食べなくなることはないだろうから、最後の生産地になっても椎茸を栽培していこう」と。

その頃、お客様へ届ける直販事業への取り組みも始まり、平成8年「霧六峰」という諸塚村のブランドが誕生しました。美味しく、安心・安全の食品を求める皆さまへの信頼の証しとして、諸塚村で生まれた椎茸は、世界で初めてFSCのCoC認証(流通の認証)を平成17年に取得しています。

諸塚村は標高1,000m級の山々に囲まれ、その谷間に川が流れているため、霧の発生が多くあります。そして、真弓岳・山の頭峠・諸塚山・赤土岸山・大仁山、・黒岳と6つの山に囲まれていることが、その名の由来です。

「霧六峰」の名付け親である藤本隆康さんの住む標高800mの奥畑集落。

この冬は寒く、12月中に雪景色が見られた日もあります。

諸塚村のおすすめを尋ねると、「山」。中でも春の山が美しく、(その頃に採取される)春子も美味しいので、ぜひ訪れてほしいとのメッセージ。椎茸は「生は天ぷら、乾は煮しめ。」が藤本さんからのおすすめの食べ方です。

日本人が大事にしてきたうま味成分が多く含まれる椎茸は、おせち料理にも重要なわき役となります。目立ちはしないけれど、いい味を出すしいたけは、このムラで生きてきた人々とどこか似ているように思われます。

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更新日時:2013.12.25(水) 14:00:49

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