漁師町のとうちゃんとかあちゃんの話~日南市漁協女性部加工グループ~

松本千広

食べること、飲むことをこよなく愛す。
2002年、宮崎日日新聞社入社。
以来、編集局報道部(警察、県政、市政)や同社デジタル部門などを担当。
現在は、地方新聞社厳選のお取り寄せサイト「47CLUB(よんななくらぶ、http://www.47club.jp/)の担当として、宮崎県内の「よいもの、うまいもの」を全国に紹介するために奔走中。
宮崎県農業振興公社主催の「みやざき6次産業化チャレンジ塾」で「6次化推進プロデューサー育成コース」修了。

浜のハンサムウーマンにエールを! Vol.3

父からは強さを、母からは優しさをー。

漁師の家は代々、そんな教えを親から子に受け継ぐそうです。

今回は、カツオ漁師の父の強さと、

いっぽいっぽ、自分のペースで前に進む

浜のハンサムウーマンの優しさを受け継いだ

親と子のお話しを紹介します。

 


 

河野智恵美(かわの・ちえみ)さん=写真・右= 日南市漁協女性部加工グループ 大堂津女性部に所属して9年目。串間市生まれ。縁あって漁師の嫁に。1男1女の母。52歳。 河野豊輝(かわの・とよき)くん智恵美さんの長男で、日南高の2年生。サッカー部に所属し、ポジションはFW。将来の夢は保育士。16歳。

河野智恵美(かわの・ちえみ)さん=写真・右= 日南市漁協女性部加工グループ 大堂津女性部に所属して9年目。串間市生まれ。縁あって漁師の嫁に。1男1女の母。52歳。河野豊輝(かわの・とよき)くん智恵美さんの長男で、日南高の2年生。サッカー部に所属し、ポジションはFW。将来の夢は保育士。16歳。

 


 

智恵美さんは、串間市の山あいのまちに生まれました。

実家はもともと農家で、父親は大工、母親はかんしょを生産。

漁師の嫁になるまでは、平均的な若い女性と同じように

大きな魚をさばいたことも、触ったこともなかったそうです。

 

転機は31歳のときでした。

社会人として医療機関で働いていた智恵美さんは、

当時通っていた日南市の自動車学校の先生の紹介で、

未来のご主人さまとなるカツオ漁師の恵一さん(52)と出会いました。

「もしかしたら、カツオにつられたのかも・・・笑

主人は会うたびに大きなカツオを1匹、持ってきてくれたんですよ。

お船が(港に)帰ってこないと、会うことはできないですし。

主人は、漁から帰ってきたらそのたびに

カツオを持ってきてくれたんです」と

当時のエピソードについて、

ちょっと恥ずかしそうに、こっそり教えてくれました。

 

32歳で結婚しましたが、漁師の恵一さんは家をあけることも多く、

当初はさみしいと思う気持ちもあったそうです。

 

たとえば、長崎の海へ漁に出るとき。

恵一さんは、6月から8月のお盆まで2カ月くらい不在となります。

「子どもが病気になったり、熱を出したり、

子育てをしていると1人で抱えないといけない問題も多かったですね。

子どもの運動会だとか行事があっても、

タイミングが合えばラッキーな方で、

主人はほとんど参加することはできませんでした」と振り返ります。

 

それでも、笑顔で「・・・でも」と続けます。

なぜなら。

そんなときは智恵美さんのご両親はもちろん、恵一さんのご実家や、

隣近所の方々が手を差し伸べてくれることが多かったからです。

「いつも周りの人に助けられてきました。

そして、なによりも子どもの存在が大きいんです」と智恵美さん。

「子どもがいるから、がんばれます。

子育てしながら、自分も成長していると思います」

 

智恵美さんには福岡の専門学校に通う長女の真奈ちゃん(19)と、

高校2年生の長男・豊輝くん(16) の2人の子どもがいます。

豊輝くんは、母親の智恵美さんについて

「いろいろと大変だろうけど、いつも笑顔で明るい母です。

自分のためにがんばってくれているって思います」

ちなみに、智恵美さんの手料理で好きなものは、

部活の前に作ってくれる「“かつおうみっこ節”のおにぎり」だそうです。

 

智恵美さんは、加工グループのお仕事を始めてから今年で9年目を迎えます。

当初は、大きな魚をさばくことも、さわったこともなかったという智恵美さん。

「分からないことは職場の先輩に教えてもらいながら、

さばき、皮むき、ゆがき、なんとかできるようになってきました。

それに、子どもの参観日や子どもが病気になったときなど、

職場の方が融通してくれて、理解してくれて。

ここでも周りの方に助けられています」と感謝の言葉を口にします。

 

最後に、家庭と仕事の両立に奮闘する

母親の背中を見つめながら育った豊輝くんは、

ちょっと照れくさそうに智恵美さんへこんなメッセージを贈ります。

「将来就職したら、たくさん親孝行します。

高い肉も、食わせます。

いろんなところに連れて行きます。

・・・ほんとうに、感謝しています」

 

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更新日時:2015.02.19(木) 21:15:51

浜のハンサムウーマンにエールを!Vol.2

浜の女性の魅力は、優しさとしなやかさ。

そして、かあちゃんたちはとっても働きものです。

日南市大堂津港にある女性部の“パワースポット”加工場は、きょうもにぎやか。

かあちゃんたちのとびっきりの笑顔があふれています。

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ペア

【1人目のかあちゃん】太田 豊子(おおた・とよこ)さん=写真・右= 日南市油津漁協女性部加工グループ代表。元看護師の経歴を持つ。2男1女の母。62歳。 【2人目のかあちゃん】近藤 マサコ(こんどう・まさこ)さん 50年に渡り夫婦そろってイセエビ漁のため沖に(現在は引退)。2女の母。74歳。

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日南市油津漁協女性部加工グループ代表の太田豊子さんは、

元看護師という経歴をお持ちです。

22歳のときに、当時、サラリーマンとして働いていた夫の義一さん(64)と結婚しました。

そして、結婚から6年後。

義一さんは家業を継ぐため脱サラをして、マグロ漁師となりました。

これまで、本当にいろんなことがあったそうです。

魚価の低迷に燃油高騰・・・。水産業を取り巻く環境は厳しく、

豊子さんは「自分が漁師の奥さんになるとは、結婚した当時は正直思っていませんでした。

人様には言えない苦労も多かったけど、いまはこうやって加工場に来て、

メンバーの皆さんの顔をみるとほっとします」と

すべてを包み込むような、優しい笑顔を浮かべます。

 

そんな豊子さんのよき理解者として、傍らに寄り添う近藤マサコさん。

1965(昭和40)年ごろから、旦那さまとイセエビ漁の船に乗っていたそうです。

午前2時に起床して、夫婦2人そろって沖に向かう生活を50年ほど続けました。

そして、午前8時半には女性部の仕事が始まる加工場へ出勤、

1日の睡眠時間は4時間というハードな時期もあったそうです。

マサコさんは「加工場は私にとってのパワースポットなんです」と話します。

「ここで、みんなとお弁当を食べたり、お茶を飲んだり。

休憩時間にみんなでおしゃべりするのも楽しいですね」と

たくさんの元気を豊子さんをはじめ、メンバーの皆さんからもらっているようです。

 

同グループには現在10人のメンバーがいます。

ただ、主婦の毎日のあれこれをこなしたり、家業の手伝いをしたり、

子育ての事情もあったりと、それぞれが事情を抱えているので、

現在は8人前後で活動を続けているそうです。

 

豊子さんは、「魚(ぎょ)うどんをはじめ、

日南の郷土料理を後世に伝えていくことが私たちの使命。

私たちの代で途絶えさせることは絶対にできない、

という強い思いでみんながんばってくれています」とグループの団結を語ります。

「私がね、『きょうはこのくらいでやめとこうか』というと、

『うんにゃ~!!まだまだやるわ』って。

まだがんばれるって、みんながそう言ってくれるんですよ。

ひとりひとりのメンバーの存在があってこそ、グループの輪ができて、

私たちは活動を続けることができるんです」とメンバーへの感謝の言葉をつづります。

 

そして、周囲は豊子さんのリーダーシップと人間性に魅かれて

加工場に集まってくるようです。

「私たちのことを、本当にあたたかい目で見守ってくれています。

みんなを大きく包み込んでくれるような力が、豊子さんにはあるんです」

 

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更新日時:2015.02.05(木) 21:57:40

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