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平島 二三夫(ひらしま ふみお)

1957年生まれ。風田地区製糖組合代表。風田地区に江戸時代から伝わる伝統製糖『さとねり』の唯一の継承者。伝統製法でさとうきびの栽培から黒糖の製造、販売を行う。

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  • 【住所】
    宮崎県日南市風田109
  • 【電話】
    0987-22-3374
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地域の伝統。人と人をつなぐさとねり

12月上旬の日南市風田地区。今年も製糖小屋のかまどに薪をくべる季節がやってきました。
日南市内で30軒以上あったというさとねり小屋も、宮崎県内でここ一軒だけとなりました。そんな冬の風物詩を見に近所の人が集まってきます。孫の手を引いてお散歩中に立ち寄った人、油津や東郷の保育園や小学校の児童生徒、近くの病院の入所者、一時間以上かけて見学や写真撮りに訪れた方もいました。

朝8時から始まる作業は、サトウキビ絞りの仕事がひと段落つくとやっと休憩に入りますが、その頃すでに13時。干物を焼いたり持ち寄った料理を交換したり楽しい昼食のはじまりです。
黒糖入り煮しめや漬物、黒糖入りブリ大根など手作りの昼食を頂きました。煮しめも、まるでみりんを使ったようにコクがあって自然な甘さが料理を引き立てます。「黒糖は料理の隠し味に入れたり、お湯に入れたり、ちょっとずつ使う」、と少し贅沢な調味料として使うことが多いようです。

高さ2mに育ったサトウキビの収穫

サトウキビは沖縄や鹿児島の離島の農業の基幹作物です。霜に弱く寒いところでは育ちません。宮崎のサトウキビ栽培は風田地区で今もその製糖方法と一緒に受け継がれています。
「今年は日照不足でサトウキビが細い」と平島さんのお姉さん。平島さんの畑のサトウキビ栽培は、通常の農業のように畝立てをしたり肥料をあげたりしますが、最初の草取りの後は「サトウキビが大きくなるから草取りは必要なくなる」から、2〜3月に植え付けをして5〜6月頃に除草作業をした後は、畑に手を入れることはないそうです。サトウキビの切り株からは次の芽が出ます。

サトウキビ栽培で一番大変な作業を尋ねると、そこにいた全員が口を揃えて「収穫作業」と苦笑い。サトウキビの収穫は、サトウキビの皮を剥いでから根元から刈り倒し、束ねて製糖工場へ持っていくという重労働です。
風田にはサトウキビ栽培グループが複数あり、栽培方法は少しずつ異なりますが、収穫の手間暇だけは簡素化できない共通の悩みのようです。

朝から晩まで。途中で止められない、さとねり

製糖作業はチームプレー。製糖作業はサトウキビを絞り、薪を焚いて加熱しながらアクを取り、煮詰めて、ねりあげて冷まして、箱詰めまでを流れ作業で行います。人手が必要で、取材日も15名ほどが作業に当たっていました。
平島さんが先頭に立って全体を指示しながら、作業を進めます。特にさとうきびの絞り汁を釜に入れて炊くところからは職人技。製糖組合には現在3軒が入っていますが、さとねりまでの作業は全て平島さんとその家族友人3〜4名が専任で行います。

釜に火が入ると、話をしていても食事をしていても気になるのは釜の様子。アクが取れているか、焦げそうなところはないか、温度は大丈夫か、時間は大丈夫か・・・平島さんが製糖作業中小屋から外に出ることはほとんどありません。
「さとねりは助け合いの制度。他のグループの手伝いをしたら、うちのも手伝ってくれる仕組みになっている」。自分のところが終わったら次のところの製糖作業、と昔は3日も寝ずに作業にあたったこともあるそうです。今では1日おきに作業をするようになりましたが、それでも朝から夜中まで気が抜けない1日を送ります。

伝統の貝灰、仕上げはさとねり

「昔の人の知恵はすごい」と繰り返す平島さん。『貝灰』もその一つで、貝を細かく割った灰のような粉です。サトウキビの絞り汁が十分に温まったら、お椀に一部をすくって入れて様子を見て、釜に貝灰を入れます。貝灰はサトウキビのアクやゴミなどの不純物を沈殿させてくれます。
沈殿したアクやゴミを避けながら煮詰めていき、2〜3時間経った頃。甘くて濃い香りが辺りに漂い始めました。釜の周りの平島さんたちに緊張が走ります。煮詰まった釜の中に竹の棒を入れ、シャーっと泡を切るように混ぜていきます。

「水よー!」(かまどに水をかけて火の勢いを衰えさせる)、「もちょい奥まで!」(蒔を釜の下に移動させて火力を強くする)、平島さんの掛け声が響き渡ります。「よし!じゃあやめにしようか!」の合図でトロトロの飴状の黒糖が甕に移され、さらにしばらく竹の棒で静かに混ぜて冷まし、ようやく紙の箱へ入れて完成です。
『さとねり』とは、本来このかき混ぜて練りあげていく釜の最後の作業の事ですが、今では伝統製法そのものを指すようになりました。

地域の伝統を知ってもらいたい

昭和4年風田製糖組合は設立され、小屋は当時の原型を留めています。石と粘土で作ったかまどや埋め込み式の樽、すすけた天井。積み重ねてきた歴史がそこにはあります。
「昔は小学校が終わると製糖小屋に来てサトウキビの絞り汁を飲んだり、釜を混ぜる手伝いをしたりしていた」と笑う平島さんは、小さい時の経験がさとねりになろうとした原点。「私の代でこの火を消したら申し訳ない。それだけ」と強く誓って釜に向かいます。

多くを語らない平島さんですが、「この小屋に来ると、仕事も食事も共同作業で、(作業する)皆で一緒に大勢で食卓を囲んでご飯を食べるのも楽しかった」と、昔を思い出して自然とほおが緩みます。
風田地区のさとねりは、平島さんの活動がきっかけで広く知られるようになりました。近くの保育園や小学校でサトウキビ栽培体験や製糖作業体験を指導し、取材や見学もできるだけ受けます。風田では自家用に栽培、製糖されるものが多くて収益性も低いため、後継者不足が課題です。かまどの火を絶やさないように、さとねりを通して地域の宝を伝え続けます。

  • ブログページ―おいしい野菜の見え方
  • 取材:大角恭代

    小林市在住。大学卒業後、㈱ファーストリテイリング勤務。2011年2月Uターン。野菜ソムリエ。たまたま食べた無農薬無化学肥料栽培の文旦に衝撃を受け、おいしい野菜の育ち方に興味をもつ。おいしいと思う野菜があると畑にいき、生産者と想いを語る。

    夢は『いつでもどこでもおいしい野菜が食べたい、広めたい』。

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