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今西兄弟

代表猛(たけし・1982年生まれ)、正(ただし・1978年生まれ)。林業の傍ら、インターネットショップ渡川山村商店を運営。10年前にUターンした弟に続き昨年兄もUターン。生まれ育った渡川を愛し、フェスブック、ブログでの情報発信やイベント企画も行う。地域活性化グループ渡川ONE(ドガワン)のメンバー。

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【住所】
〒883-0303
宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区上渡川280

【電話番号】
090-4986-6275(担当今西正)

【HP】
http://www.dogawa.com/

【Facebook】
https://www.facebook.com/dogawashop/?fref=ts

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極上の香りと食感、渡川の原木育ち舞茸

温暖化の影響か、今年は舞茸が出るのが遅れ、日程を延期してもらい臨んだ撮影。
当日は台風の影響で小雨がぱらつき、本降りにならないうちにと、早速舞茸のほ場へ。「水がかかっちゃうと、色も落ちて食感や日持ちも悪くなっちゃうんで」とビニルをかけたり傘をさしたり。舞茸を予約してくれているお客さんにやっと届けられる、やっと生え始めた舞茸を守るのに二人とも気が気がじゃない様子。舞茸は気温が20度を下回り気象条件がそろうと一斉に出てくるため、収穫期間が約2週間と短いのです。山の仕事は山の天気に左右されます。

舞茸は、生えているときからその独特の香ばしい香りを放っていました。芳香心地よく、見た目もふわふわで猫の耳のようにとってもキュートでした。濃い茶色で山のようにこんもりとした形のものが最上級品だそう。ハサミでそっと収穫します。「舞茸はこの白い茎のところがおいしいんですよ、ブロッコリーの茎みたいに」。裏を返すと真っ白。
お昼に振舞っていただいた、舞茸の天ぷら、舞茸のクリームパスタは絶品。貝柱のようにシャコシャコとした食感と、にんにくのようにしっかり続く香り。「おいしかったなぁ」香りの余韻に浸りながら午後の撮影へ。

渡川を未来につなげる舞茸

秋の味覚キノコには天然モノ、原木栽培モノ、菌床栽培モノがあり、市場に出回りスーパーで売られているものの99%は、キノコ工場の室内で育った菌床栽培キノコです。「原木モノは味も香りも格別で、天然モノと同等かそれ以上。原木の舞茸を食べると、今まで食べてた舞茸は何だったんだろう、ってなるんです」と猛さん。原木舞茸は菌の植え付けに専用の施設が必要で、栽培方法もまだまだ手探りです。
猛さんが舞茸栽培を始めたきっかけは、渡川の森を未来につなげるためでした。クヌギやナラなど椎茸用の原木は15〜20年の適切なサイクルで切らないといけません。次の世代に原木椎茸を引き継ぐためには木を切り、新しく植え直す必要がありますが、今椎茸を育てても二束三文の世界。「どうしたらいいか」と考え抜いた答えが舞茸でした。

椎茸用の原木は全長1m、舞茸は15cm。どちらも原木の耐久年数は5年程ですが、その間椎茸は毎年天地返しなど作業が多いのに対し、舞茸は土に埋めたそのままで収穫が続けられます。実質労力時間は約10分の1以下で、「舞茸なら高齢化した生産者が無理なく原木植栽を維持できるのでは?若い人も原木キノコ生産に新規就農し易いのでは?」と。それに原木舞茸は希少性があります。先着30名限定の舞茸の予約販売は既に完売、10月初旬には宮崎市内のレストランで『原木舞茸パーティ2016』を主催、もちろん兄弟で舞茸の魅力PRに出向きます。舞茸ファンが増えれば渡川の新しい仕事ができるかもしれない、その期待を胸に。

「山師は家族との時間を作りやすい仕事です」

『山師』という言葉を初めて聞きました。猛さんによると「山師は山の手入れをする人」で、例えば冬に木を切り、春に苗木を植え、枝打ちや下草刈りをし、森が継続できるようにするのが仕事です。
印象的だったのは山師の働き方について。「山師は子どもにあわせられる。家族の時間を作りやすいですよ」と猛さん。猛さんが代表を勤める今西林業では、働きやすい環境づくりも心がけています。兄弟のチームは、例えば夏は6時から12時頃まで一気に作業して昼前に終了。椎茸や舞茸の栽培や収穫、販売、加工や配達など渡川山村商店の仕事はそれ以外の時間で、早朝4時からする日もあれば深夜12時まで続ける日もあります。

猛さんは7歳、5歳、3歳の子どものお父さん。「子育てに良い環境とは何かを学んで知っていたから、福岡から帰ってきて渡川で子育てを始めて、渡川が子育てに本当に理想的な環境だって気づきました」。
夏は毎日自宅前を流れる川に入り、子どもと川遊びをしたり魚をとったりしているそうです。多忙でも、子どもと過ごす時間を何よりも大切にしています。自宅に飾られた父の日の似顔絵にも、いつも一緒に遊んでくれるお父さんに感謝する子どもたちからの言葉が添えられていました。

今西兄弟

渡川の子どもたちは、進学のため中学卒業と同時に家を離れます。猛さんは卓球の強い宮崎市内の高校へ進んだ後、興味のあった児童福祉の仕事を志して福岡へ。母子生活支援施設で働き、子どもたちの成長に関わる仕事が楽しくやりがいに満ちていましたが、24歳の頃「渡川の力になりたい」と一念発起、大好きな故郷渡川で一旗あげることを決意、「腹をくくって」父の跡を継ぎ山師に転職しました。
その後立ち上げた渡川山村商店は、原木椎茸がおいしい時に生産者の判断で発送する『できたときでいいよ。システム』などユニークなアイデアでファンを獲得。

反響も大きく販路も広がりはじめ、宮崎空港でも販売が決まり、飲食店にも広がってきて、一人じゃ手が足りなくなってきた・・・。そうして、福岡で仕事をしていた正さんに帰ってこないかと声をかけたのが2年前。昨年夏、応えるように正さんもUターン、山師兄弟での渡川山村商店がリスタートしました。
取材中正さんが用事で先に席をたった後、「仕事ができて、営業も出来て、同じ思いで働けて、何より信頼して一緒に安心して働けるパートナーってそうそういなくないですか」と、猛さんは正さんへの想いをストレートに話してくれました。

渡川のいいものをダイレクトに販売したい

今西兄弟の直近の目標は「宮崎市内に渡川の直売所を作ること」。天日干し米やお茶、椎茸、梅干し、山菜など渡川では当たり前の、山の恵を食べる人に直接届けることができればと、実店舗の開設に向けて動いています。
直売所を「コワーキングスペースとカフェを併設したオープンスペースにして、たくさんの人が利用してくれる場所にしたい」。「山の活動にこだわらず街にでていく、発信を続けていく」と、スペースを活用した楽しい企画も具体的に温めています。先日開催したコワーキングスペースを考える企画には約40名が集まりました。

キノコの原木栽培は不思議な世界です。舞茸は原木に菌つけをした後、花壇のように囲いを作って保水力の高い土をかけて埋めます。菌が原木の中で手足を伸ばして十分に広がると、原木を埋めた土の上に舞茸を発生させます。原木から直接ではなく、原木が埋まっている土の上にランダムに出ます、不思議な光景です。
今西兄弟は地元でも有名人「あの兄弟は有名よ」「渡川が好きで戻ってきてくれたとよね」「私も渡川出身、若い人が頑張ってくれていて嬉しい」誰もが目を細めて誇らしそうに二人のことを話してくれます。兄弟二人を結ぶのは、ともに育った渡川への愛。兄弟の発信に多くの人が共感し、広がり、新しい芽を出し始めようとしている姿が舞茸の不思議な生態と重なりました。

  • ブログページ―おいしい野菜の見え方
  • 取材:大角恭代

    小林市在住。大学卒業後、㈱ファーストリテイリング勤務。2011年2月Uターン。野菜ソムリエ。たまたま食べた無農薬無化学肥料栽培の文旦に衝撃を受け、おいしい野菜の育ち方に興味をもつ。おいしいと思う野菜があると畑にいき、生産者と想いを語る。

    夢は『いつでもどこでもおいしい野菜が食べたい、広めたい』。

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