ちいさなこだわり~食・旅・短歌~

渡邉円

1982年串間市生まれ。
ある日短歌と出会い帰郷。
美味しい食べ物に囲まれて、宮崎ライフを満喫中。
「都井岬短歌大会」「歌垣」など宮崎県内で短歌イベントを開催。

珈琲~COFFEE~

橘通りの、わたしの小さなアパートは、ペンキ塗りの青い扉が可愛い。東向きのおおきな窓と、台所とバスルームに小さな窓がある。家賃の安さも手伝って、ひとめで気に入ってしまった。わたしはこんな部屋に住みたかったのだ。

毎朝、明るい台所でコーヒーをいれる。いろいろ試してみたが、結局落ち着くのはキーコーヒーの青缶である。香りがよくて、さっぱりしていて、ほどよいコクがある。せっかく宮崎に暮しているのだから、地元のコーヒーを。と、思っているのだけれど、なかなか出会うことができずにいる。

喫茶店には、小学生のころから親しんでいた。

父との待ち合わせは、いつも、喫茶店で。待ち時間が30分でも1時間でもぜんぜん平気で、雑誌や本を読んで過ごした。特に気に入っていたのは『家庭画報』という分厚い奥さま雑誌で、高級料亭の懐石料理やリゾートホテルを「これは日常ではないな」と理解しつつも、何となく、身近に感じていた田舎の小学生だったのだ。

どちらも、もう閉店してしまったけれど、わたしの喫茶店遍歴のはじまりは「ピエロの扉」と「夢珈房」である。どちらも、串間市にあった喫茶店で、「ピエロの扉」は成人前に(ピーマンと玉ねぎの浮かんだコンソメと、サラダのドレッシングが美味しかった)。「夢珈房」は成人後(アメリカンをたっぷり)に、それぞれ、常連顔で足を運んでいた。

わたしは嗜好品が、好きである。

ウィキペディアによると、嗜好品という用語は1912年(大正元年)の雑誌「太陽」に掲載された森鴎外の短編小説「藤棚」の記述

引用ここから

藥は勿論の事、人生に必要な嗜好品に毒になるような物は幾らもある。世間の恐怖はどうかするとその毒になることのある物を、根本から無くしてしまおうとして、必要な物までを遠ざけやうとする。要求が過大になる。出來ない相談になる。

ここまで

によるらしい。嗜好品の特質は以下のとおりであるらしく、成る程、わたしはそれらを暮らしにおいて非常に大事にしている。

1.普通の飲食物ではない。:栄養・エネルギー源を期待しない。

2.普通の薬ではない。:病気治療を期待しない。

3.生命維持に強い効果はない。

4.ないと寂しい感じ。

5.食べると精神(心)にいい効果がある。

6.人の出会い意思疎通を円滑にする。

7.植物素材が多い。

特に、4~6の特質は、なんだか詩的であるよ。

パンもわたしにとっては嗜好品である。ご飯党なので、パンは、いったいどれくらい食べるのが適量であるのかがよくわからない。けれど、何となく、いつもと違う朝を迎えられる様子がして、ときどき、朝食にパンを焼く。焼くと言っても、買ってきて冷凍庫で保存していたパンを、網にのせてコンロで焼き色をつけるだけなのだが、とても美味しく仕上がるので気に入っている。

宮崎は、もう春。新富町の座論梅は、とうに盛りを過ぎてしまったし、日南海岸に匂う山桜も、先週あたりに見ごろを迎えている。3月20日が、ソメイヨシノの開花予想日であるらしい。

 

【はかなくて過ぎにしかたをかぞふれば花にもの思ふ春ぞ経にける】(新古今集101-春歌下)式子内親王の歌である。

 

この歌は、紀貫之の【桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける】(古今集―春歌下)に則っているらしいが、比べてみると、紀貫之の歌は自分の外の風景を詠んでおり、式子内親王の歌は自分の内の春を詠んでいる。そして、紀貫之の花は桜とあるが、式子内親王の花は何であろうか。はかないのは、私自身であり、経てきた春は生涯に幾度も経験した恋であろう。春はある日、霞とともに去ってしまう。けれど季節はめぐり、また春が来る。

 

花の開花を心待ちにする心は、もしかすると嗜好品を愛する気持ちと似ているのかもしれない。無くても、日常はある。花を楽しむこころを忘れている数年も人生にはあるだろう。けれど、個人の日常とは関わりなく、季節は巡り、花はわたしたちをまた楽しませてくれる。

そう思うと、嗜好品の特質1~3および7は、まったく満開の桜に当てはまる。もちろん、4~6の付加価値も連れて、宮崎に春がやってきた。

 

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更新日時:2014.03.21(金) 00:00:37

檸檬~LEMON~

〈雀のお宿に春が来て、お屋根の草も伸びました。

舌を切られた小雀は、ものの言えない小雀は、たもと重ねて、うつむいて、ほろりほろりと泣いてます。

父さん雀はかわいそで、お花見振袖購いました。

母さん雀もかわいそで、お花見お団子こさえます。

それでも、やっぱり小雀は、ほろりほろりと泣いてます。〉金子みすゞ「すずめのお宿」

3月4日付の読売新聞で出会った、金子みすゞの「すずめのお宿」は、日本の昔話のその後をイメージして創作された5編の作品のなかのひとつだそうだ。記事には、いじめにあったり不登校だったりの子どもの悩みを聞く女性が紹介されていた。傷や悩みを『話す』ことは『放す』こと。それを『聞く』ことは『効く』ことにつながる、とあった。女性は子どもたちに、それぞれの事情や状況に合わせた詩を紹介したり、贈ったりするうちに、子どもたちが変わっていく姿を目の当たりにしてきたそうだ。

それにしても、詩には力がある。「わたし」が主人公として「物語る」勇気をくれる。

物語の続きを思う。梶井基次郎の『檸檬』、あれの続きなど。梶井の檸檬はカリフォルニヤ産。

※『檸檬』は短編。ちょっとお時間いただけたらコチラでも読めます→ http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/424_19826.html

高村光太郎の『レモン哀歌』の智恵子は、レモンをがりりと噛んだのだった。智恵子が噛んだのは、国産レモンであって欲しいな。

 

数か月まえ、宮崎市内のライフスタイルショップにて、レモネードシロップ作りのワークショップに参加した。

 

東京からやってきたイケメン先生に教えていただいたポイントは、

①国産減農薬レモンを使う→皮まで安心して食べることができる。当日は、日南産レモンを使用。

②砂糖やスパイスを数種類準備する→いろいろ選べて楽しい。

③その後の物語を思う→シロップにひたした後のレモンの食べ方あれこれ(乾燥させてそのままおやつに、刻んでパンにケーキに焼き込む、肉料理の甘味に、など。皮からでる苦みを考えると熱を加える時間を短くしたいな☆)。

クローブとシナモンを効かせたレモネードシロップとフレーバーコーヒーの組み合わせは、一杯で元気の出る冬の飲みもので、まさに物語がうまれそう。

ベリー系のお茶にローズヒップ入りレモネードシロップの組み合わせは、ビタミンCがたっぷり入っていそうな、鮮やかな赤!これはポットに作ってたっぷり飲みたい!など。如何ようにも、物語は展開する。

 

雪舟えま歌集『たんぽるぽる』を、わたしは引っ越しのたびに連れてきている。この歌集の表紙は、タンポポの黄色が印象的である。春に読みたい本、夏に読みたい本、秋に読みたい本、冬に読みたい本が、それぞれにある。『たんぽるぽる』は春の本だ。

寄り弁をやさしく直す箸 きみは何でもできるのにここにいる

ごはんって心で食べるものでしょう?春風として助手席にのる

指なめて風よむ彼をまねすれば全方角より吹かれたる指

たんぽぽがたんぽるぽるになったよう姓が変わったあとの世界は

春は足音をたてて、風をひきつれて、やってくる。物語はやさしく存在するけれど、感傷にひたってばかりではいけない。しっかり寝て、旨いもの食べて、保湿をしっかりして、よい香りで、元気に、わくわくしていたい。旅もしたい。(最近の楽しみは、これを読むこと→ http://tabi-labo.com/2931/4dsk/ )

自然は常に意志的に、時に暴力的に、世のなかを動かしている。しかもしっかり私たちを把握しているらしい。それは、例えば一遍の詩歌に見出されていたりする。

【日月は眠るがごとし優しさの鍵は包んでポストに捨てる】渡邊 円

 

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更新日時:2014.03.07(金) 00:00:17

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